2012年度 カリキュラム@デジタルハリウッド大学院 2012年度 カリキュラム@デジタルハリウッド大学院

日本文化とデザイン論2

日付
2012年06月07日 19:00~
場所
桑沢デザイン研究所
概要
やきものの美:変革の母体としての日本文化
受講生の感想

記:本橋 徹也

第13回 記:本橋徹也

内田の仕事は極めて日本的だ

海外のデザイナーやジャーナリストたちが呈した賛辞に、
「私のデザインは世界に通用しないのか」 と苦悩した世界的インテリアデザイナー 「内田繁」 氏。
「日本文化とデザイン論」 の第2回講義は、STRAMDだからこそ拝聴できる同氏のそんなエピソードからはじまった。

やがて同氏は、それが思い違いであることに気づく。
自身のデザイン・アイデンティティにわが国の風土や文化が影響していることを明確に自覚するに至ったと云う。
同氏の友人でもある建築家・デザイナー 「アンドレア・ブランジ」 氏は、
「21世紀は、日本文化、すなわち日本人が本質的に持っていた性質が重要になってくる」 と唱えている。

日本文化の可能性” ― それが本日のテーマだ。

日本文化とはなにか。それは、「観察の文化」 である。
モンスーン型の気候や森林に覆われた風土から生まれた文化は、極めて 「微細」 なものに目を向ける文化であった。
そうした自然の観察から、日本人は 「無常」 を発見する。
「無常」 とは、はかなく、侘しく、寂しく、心細い、消極的な境地、人生のはかなさである。
この世の一切のものは変化し、生滅し、常在 (存在) している確かなものなどは、何ひとつない。
そして、「無常観」 は、「変化の停止は、モノの死を意味する。変化こそ永遠である」 という思考を生み出す。
そんな日本人の思考が、「いま」 といった瞬間を際立たせたのだと云う。

微細」「変化」「いま」 といった自然観をともなう日本文化のなかに見いだされる美学。
それは、はかなさや侘しさを感じる心が “美しい” と考え、
優しさや憂い、質素で簡素なものをみつめる心に “美” を見いだすという思考である。
無常美観」 こそが、日本人の “美” に対する根本的な思考なのだ。

こうした美学は、空間で見るとわかりやすい。
例えば、「注連縄 (しめなわ)」 や 「のれん」 といった認識するための “仕切り”。
例えば、「参道」「路地」「縁側」 など、内と外とをつなぐあいまいな空間 (空白の領域)。
例えば、坐る視線から生まれる “水平的” な景観。
例えば、薪能の舞台となる非日常的な “仮設空間” などが象徴的である。

大切なのは、これらの思想が決して単なる伝統的思考、過去の概念ではなく、
今日のデザインに反映されていると同時に、日本の現代デザインの主流をなしていると認識することである。

また、今回の講義では、日本の美意識の中心となった 「わび(侘)」 についても触れられた。
「わび」 が一般的な美意識として認知、定着したきっかけやその背景を 「焼き物」 の歴史から紐解いていく。
「わび」 という新たな価値の発見は、まさに “パラダイムの変換” であったと云う。

“パラダイムの変換” とは、一般的知識、常識、通念の転換である。
モノの見方、考え方の転換は、すべてのものの価値、美、喜びなどの変化であり、
新たな 「創造 ― デザイン」 を生み出す出発点である。

内田氏は、
「政治、経済、生産、消費、環境などが変化する今日、人の生き方などは、“パラダイムの変換” を必要している。
こうした時代の創造者、計画者、デザイナーは何をすべきかが大きな課題であろう」 と云う。

同感である。
人が、生き方のパラダイムシフトを必要としているなかで、
日本企業は、社会をもっと冷静な目で観察し、自らのパラダイムを変換すべきである。
企業の “グッド・ソリューション” をスローガンとして掲げる私としては、
本講座での学びを、社会・企業そして自社の発展のために役立てていきたい。

次回の 「日本文化とデザイン論」 は、
「21世紀のデザインのあり方 ― 弱さのデザイン (ウィークモダニティ)」 がテーマとなる。
同氏の提唱する 「デザインの神髄」 が、自らの口から語られる。
考えただけで、仕事と同じくらいワクワクする。
貴重な講座である。

デジタルハリウッド大学院と連携5年目 2017年度第8期開講

《STRAMD》

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