2010年度 カリキュラム@デジタルハリウッド大学院 2010年度 カリキュラム@デジタルハリウッド大学院

日本文化論3

日付
2010年10月21日 18:30~
場所
桑沢デザイン研究所
概要
浮世絵:日本文化の可能性
受講生の感想

記:林 成志

第45回 記:林 成志

日本文化論 第3回 浮世絵

前回は、政治の中心が江戸に移ったことを契機に町衆文化として京都で「琳派」が興ったという話であったのに対して、江戸の都市建設を支えるために多くの民が流入定着し、その膨大な人口の欲望の捌け口が必要であったことを背景に、現世を楽しんで謳歌する庶民の人生観を表す「浮世絵」が誕生したというところから講義がスタート。

当初は、悪所での遊びを指南するパンフレットとして庶民でも安価に入手できるようにと墨一色で摺られた「墨摺絵」から始まり、摺った後に色彩を施す「丹絵」・「紅絵」へと進歩し、紙質の向上と重ね摺りの際の目印となる「見当」の工夫もあって17世紀後半には多色摺りの「錦絵」として開花した。 鈴木春信による美人画は時代の最先端を行くファッション誌、勝川春章や一筆斎文調が描く歌舞伎役者はブロマイドとしての役割を果たしたという。

天明年間は浮世絵が最も華やかな黄金期を迎えた時期で、八頭身美人を描いた鳥居清長、美人大首絵を送り出した艶かしさの喜多川歌麿や正反対に感情を前面に出さない清楚な鳥文斎栄之が登場した。 老中・松平定信による幕政全般の見直しによる弾圧があったものの、歌舞伎役者をデフォルメして描いた「醜」の東洲斎写楽や役者の表情の中から「美」を拾った歌川豊国が競った。

19世紀には爛熟期を迎え、美人画と役者絵では多様性・深まりを見せた一方、経済の成長や交通網の整備を背景に風景画が発達。 力強さの葛飾北斎と抒情的な歌川広重によってクライマックスを迎え、内田先生曰く「コンセプトのない瞬間的な季節・天候・時間・空気」が描写された。

日本を代表するデザイナーから浮世絵の「触り」を教わるという何とも贅沢な一コマで、時代背景と共に題材の選択や背景の描き方がとてもかわりやすく解説された内容であった。 このまま教養番組としてアーカイブして、私のような浮世絵初心者に観てもらいたいものである。

「おたく文化」として誕生した浮世絵も、陶器が国外へ持ち出される際の梱包材として使われていたことから、日本国外でその価値が新たに見出されるわけで、第三者の目を通して自己を見つめ直すことの大切さを再認識することとなった。 また、現在の日本のどの「おたく」が世界で共感を得るのか注目したい。

《STRAMD》

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